日本体育科教育学会

日本体育科教育学会第14回大会(東京学芸大学)の課題研究

  -- 09/04/22..No.[50]

日本体育科教育学会第14回大会課題研究のご案内

【会場】
 東京学芸大学

【日時】
 2009年6月6日(土)13:00−16:00

【タイトル】
 「教科内容に関する知識と教材化の手続き:陸上運動ハードル走を例に」

【設定の趣旨】
 体育の授業で教える内容は,スポーツ科学の成果に大きく依拠している。他方で,科学的な知見を児童,生徒が理解し,習熟していくことを保証していくためには、発達段階に応じた適切な教材の開発が必要になる。しかし,この過程においてスポーツ科学の成果が適切に伝えられないという現象がみられることが問題点として指摘されてきた。陸上運動,陸上競技におけるスタート法の指導や短距離走におけるマック式の扱いは,その端的な例と言える。また,その結果として学習成果が保証されずに終わってしまうという現象もみられた。他方で,スポーツ科学の知見を踏まえた適切な教材開発の手続きが見えな
いために,スポーツ科学の知見が紹介されるだけに留まっているケースもみられる。では,スポーツ科学の知見を児童,生徒の学習の対象となる教材の間をつなぐには,どのような手続きが必要になるのであろうか。2008年度の課題研究では,球技を対象に,「指導と評価の一体化」をキーワードにこの疑問に迫る一つの試みを展開した。2009年度は,この点を,ハードル走を対象に検討することが,今回の課題研究の意図である。

【演者】
 伊藤 章(大阪体育大学体育学部)
  「ハードル走の科学からみた教科内容とは」
 
 石川泰成(埼玉県教育局県立学校部保健体育課)
  「新学習指導要領で示されたハードル走の教科内容」
 
 岩田 靖(信州大学教育学部)
  「ハードル走の教材化過程における情報の組み替え」

【抄録】
 伊藤 章 「ハードル走の科学からみた教科内容とは:シンプルなハードル走の薦め」

 体育の授業ではハードル走を教材として取り上げることが多い。しかし,なぜハードル走を児童・生徒に指導しなければならないのか,そしてハードル走を通してなにを身につけさせたいのかについての議論は十分なされていないように思う。まず,ハードル選手であった経験と大学生(選手と授業で)にハードル走を指導してきた経験,そして走・跳・投運動の研究から得た知見をもとに,ハードル走を教材として取り上げる運動学的な意義を提案する。そして「シンプルなハードル走」の指導について直感的な発想も交えて大胆に提案する。
 ハードル走は疾走とジャンプの繰り返しである。したがって,ハードル走の教材としての運動学的な意義は,1)疾走中にスピードを落とさずに高く跳びあがり,2)空中でバランスをとって着地し,3)スピードを落とさずにすぐさま疾走する,運動能力を身につけさせることにあると考えられる。一般的にはハードルを低く跳び越すことが指導される。しかし,高いハードルを見事に跳び越すことができるならば,なんて素晴らしいだろうか。ハードル走は,まず出来るだけ“高く跳ぶ”ことから導入することを提案する。
 空中動作の指導の中心は“抜き脚”だと思う。一般的には抜き脚は横に倒して前に運ぶと指導する。見た目では,一流選手の抜き脚はハードルに並行であるが,実は抜き足は体幹と平行であり,体幹を前に倒してハードルを越えているのでそのように見えただけである。この体幹と平行な抜き脚は,いわゆる“たて抜きの抜き脚”であり,柔軟性にも関係がなく将来的にも可能性が持てる。よこ抜きは指導すべきではない。
 一流選手はハードル間を持ち前の歩幅より縮めて走っており,歩幅を短くしてもスピードが落ちないかが課題である。一流選手と同様な経験をさせるには,全員が楽に3歩で走ることが出来るようにハードル間の距離を思いっきり短くしたらどうだろうか。無理やり3歩で走らせるのではなく,“楽にいける3歩のリズムを早くする”課題を与えたい。大学生を対象とした授業研究で以下の結果を得ている。ハードル間の距離を変えて3歩で走らせたところ,距離が長い場合は体格との間に有意な相関関係(体重が重くて身長が低いと不利)が出てしまうが,十分短くすると体格の影響がなくなり,ハードル記録はハードルロスタイム(=50mハードルタイム−50m走タイム)との間に有意な相関関係を得た。このハードルロスタイムはハードルを跳び越えたために余分にかかったタイムであり,ハードル能力を示している。それは,まさしく上述の「疾走中にスピードを落とさずに跳び上がり,バランスをとって着地しすぐさま疾走する」運動能力を示すものであり,ハードル走に特徴的な教材としての意義を示している。
 なぜ5歩のリズムではいけないのだろうか。走り幅跳びでは,踏切前の3歩のリズム(やや早める)を重要視する。それはハードル走の3歩のリズムと似ており,3歩のリズムで走ったほうが自然にハードルを楽に高く跳び越えるために必要な動作が出来るのだろう。つまり,5歩のリズムでは意図的に踏み切り準備を仕込まなければならないので余計に難しくなるのである。見落とされがちなのは以下の点である,3歩で走るとその前のハードルで生じた内容(上手く跳べた,バランスをくずした)が次のハードルに影響を与えるので,連続した全てのハードルが相互に結びつくことになる。そのため,並べてある“ハードル全体が流れを形成”する。これは自己のハードル走の反省点をより明確にするために役立つ。一方5歩のリズムでは,前のハードルの内容は次のハードルまでの間にリセットされてしまう。結果的に1台のハードル越えを何回か繰り返すような,いわゆる不連続なハードルになってしまう。
 このような内容についてシンポジウムでは話を進めるが,その後の分散会を含めて参加者の方々との議論を楽しみにしている。


 石川泰成 「新学習指導要領で示されたハードル走の教科内容」

 学習指導要領の改訂協力者会議では,「学校段階の接続及び発達の段階に応じて指導内容を整理し明確に示すことで体系化を図る」ことを大きな柱に議論を続けてきた。
 ここでは,中・高の陸上競技領域・「ハードル走」の「技能」に示された教科内容について,新指導要領上に示された内容がどのように導き出されてきたのか,その経緯について整理し報告する。
1)ハードル走の「技術」の具体化,系統化
 第一に行った作業は,ハードル走の技術構造をどのようにとらえるかの作業である。ハードル走をレースの局面からとらえ,1.スタートから第1ハードルへのアプローチ 2.ハードリング 3.インターバルの走り方の3局面でとらえた。さらに,局面毎の動作や技術を細分化することを試みた。例えば,2.ハードリングを(1)踏み切り位置や着地位置,(2)振りあげ脚や抜き脚の技術,(3)上体や腕の動作などである。同様の作業を他の2局面の動作や技術においても行った。指導内容の具体化や明確化の端緒をつかもうと,客観的な「技術」を再確認したものである。
 次の作業は,こうした局面毎の動作や技術を指導するさいの順序づけである。何から順番に教えれば効率的なのか,という発想だ。例えば,2.ハードリングの技術を効率よく指導するには,抜き脚の技術からなのか,振りあげ脚の技術なのか,前提として踏み切り位置,着地位置ではないのか,などの検討を重ねている。
2)「どんなハードル走」を指導することが可能なのか
 動作や技術を細分化することで,指導内容の素材が見えてきた。一方で,発達段階に応じて,児童・生徒にどのようなハードル走を指導する(できる)のかの検討も重ねた。発達段階に応じて児童・生徒にどのようなハードル走が期待でき,そのために必要な,指導内容(動作や技術)は何が抽出されるのかという手順での作業だ。すると,細分化した動作や技術をもう少し大きな「○○なハードル走」といった括り直しが必要になった。例えば,中学1・2年生では「勢いよく走り越えていくハードル走」と示し,そのためには,「・遠くからの踏み切り・抜き脚の折りたたみ・インターバルの一定のリリズム」を具体的な指導内容として例示することにした。
 上記のような作業や検討を繰り返し、学校段階の接続や指導内容の明確化を目指して,小学校〜高等学校におけるハードル走の具体的な指導内容を新指導要領では示している。中学校学習指導要領解説p.68「陸上運動・陸上競技の動きの例」とあわせて,それぞれの学年の技能の例示をご覧いただきたい。


 岩田 靖 「ハードル走の教材化過程における情報の組み替え」

 1980年代後半以降,体育授業の構成局面における,≪素材−教科内容−教材−教具−教授行為≫の区別論が明瞭に指摘されるようになった。ここではそのうち,「教科内容」と「教材」の2つのレベルに視点を置き,教材化(教材づくり)の問題に迫ってみたい。
 さて,上記の2つレベルの問題を「運動学習」の指導場面において考えてみる際,「いかなる運動技術が習得される必要があるのか」を問いかけることは「教科内容」レベルを意味する。また,その習得を可能にし,促進する具体的・実体的な手段対象を検討することは「教材」レベルに相当する。ここでの教材づくりの方法的視野は,「教科内容」の分析・解釈に並行して,運動学習(指導)の原理を追究し,反映させていく意味においてスポーツ科学(とりわけ運動学分野)に大いに依存するであろうことは論をまたないであろう。
 ただし,例えば藤岡(1981)が指摘するように、教科内容研究と教材化の2つの局面における「既存の情報の『組みかえ』」の必要性が運動学習指導の場面においても念頭に置かれなければならないであろう。教科内容研究は,科学の研究成果を土台としながらも,それを教科内容として受動的に取り込むこととは異なり,その研究成果を批判的に摂取していくことが重要となろう。ここでは内容相互の体系性や順序性が学習者である子どもの視点を通して再検討されるのである。つまり,「技能の獲得のしやすさ」や「わかりやすさ」の観点から,発達段階や授業の単元展開を見通して組み替えられるべきだということである。多くの運動はすでに科学的見地から多様に研究されてはいるものの,学び手にとっての難しさやその本質的なものが意外と見落とされている場合も少なくないのである。さらに,「教材」化のレベルでは内容に関する情報を具体的な運動課題に翻案する組み替えが必要になる。
 ハードル走の授業における教材化を考えた場合,大別して,個人差のある子どもたちの積極的な学習参加を促す「単元教材」の工夫と,ハードル走の技術的・感覚的学習における「わかる」こと,「できる」ことを保障していく「下位教材」群の創出の2つの課題を掲げることができる。ここでは,特に後者の問題が前面に出されるであろう。
 一方で,ハードル走の本質な課題性の観点と,他方,学び手にとってのつまずきの対象になるものについての解釈を踏まえつつ,ハードル走の学習の軸とその発展の広がりのなかで,多様な技術の教科内容としての位置づけを考えるべきであろう。その際,発達段階を見通した学習の軸として,「『走』と『またぎ越し』の『運動組み合わせ』」の視点が注目されるであろう。ハードル走は,インターバルの走りとクリアランスのセットとして考えれば,その循環運動として理解することもできるが,クリアランスにおける走りの変形を伴った動きを維持できるかどうかが子どもにとっての重要な課題となろう。特に、振り上げ足の着地から走への運動組み合わせの感覚学習の必要性が見逃されてきた状況はないであろうか。これは,「振り上げ足の振り下ろし(掻き込み)」や「着地後の第1歩」の重要性といった既存の知識の再解釈でもあり,教材への組み替えの視点でもある。また,「リズムの大切さ」を具体的な運動課題の中で位置づけ直していく契機ともなるのではなかろうか。



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